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大阪地方裁判所 昭和59年(ワ)3614号 判決

原告

富田裕子

被告

岸田修二

主文

1  被告は原告に対し七三三万四三九四円及びうち六七三万四三九四円に対する昭和五八年四月七日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。

2  原告のその余の請求を棄却する。

3  訴訟費用はこれを一〇分し、その八を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。

4  この判決は、原告勝訴の部分に限り仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は原告に対し、三三〇九万一二八〇円及びうち三〇〇九万一二八〇円に対する昭和五八年四月七日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  本件事故の発生

被告は、昭和五八年四月七日午後一〇時三五分ころ、普通貨物自動車(登録番号、大阪四五ち九七八〇号。以下、「加害車両」という。)を運転し、大阪市淀川区加島二丁目八番七号先の交通整理の行われていない丁字型交差点に通じる幅員約三メートルの南北道路を南進し、同交差点において東西に通じる道路(府道大阪伊丹線)に左折進入しようとして、交差点北詰に一時停止した上、自車を発信させた際、折柄自車の直前を東から西に向かつて通過していた原告運転の二輪自転車の右側部に加害車両の前部を衝突させ、これにより二輪自転車もろとも原告を路上に転倒させた(以下、「本件事故」という。)。

原告は、右事故により左肩・胸部打撲、腰部・頸部捻挫、左坐骨神経損傷、胸髄レベルでの脊髄損傷等の傷害を受けた。

2  被告の責任

(一) 運行供用者責任

被告は、加害車両を所有し、本件事故当時これを自己のために運行の用に供していたものであるから、自動車損害賠償補償法(以下、「自賠法」という。)三条により後記損害を賠償すべき責任を負うものである。

(二) 不法行為責任

被告は、狭隘な南北道路から歩車道の区別のある片側二車線の広い府道に左折して進入すべく前記交差点北詰で加害車両を一旦停止させた上再びこれを発進させたものであることは前記のとおりであるところ、このような場合、右車両の運転者としては、前方車道上の通行車両は勿論のこと、歩道上の通行者の動静をも注視し、自車前方を通過しようとする通行者を認めたときには、これが通過するのを待つてから自車を発進させるなどして歩道上の通行者との衝突事故を回避し、もつて事故の発生を未然に防止すべき注意義務があつたのに、被告はこれを怠り、自車前方を通過しようとしている原告運転の二輪自転車に気付かないまま漫然と加害車両を発進させた過失により本件事故を惹起させたものである。したがつて、被告は、民法七〇九条により後記損害を賠償する責任を負うものである。

3  損害

(一) 治療関係費

原告は、前記受傷のため次のとおりの入通院治療を余儀なくされ、そのための治療費、検査代として合計一四九万七四一六円を要した。

(1) 昭和五八年四月七日桂寿病院において治療

(2) 昭和五八年四月八日から同年九月二八日までの間同病院に入院

(3) 昭和五八年一〇月七日医療法人協和会協立温泉病院において治療

(4) 昭和五八年一〇月二五日から同年一二月二〇日までの間右温泉病院に入院

(5) 昭和五八年七月から同年一二月までの間大阪市立大学附属病院に四回通院

(6) 昭和五八年四月ないし七月までの間大阪市立十三市民病院に三回通院

(7) 昭和五八年七月に松本病院において一回受診

(8) 昭和五八年一二月始めに国立療養所刀根山病院において一回受診

(二) 入院雑費

原告は、右二三二日間の入院中、一日当たり一一〇〇円の割合による入院雑費(合計二五万五二〇〇円)を要した。

(三) 付添看護費

原告は、右二三二日間の入院中、付添看護を必要とする状況にあり、うち入院当初の三〇日間は職業付添婦の付添を受けこのために二四万七三〇〇円を支出し、その余の二〇二日間は原告の近親者の付添を受けこの間一日三五〇〇円の割合による付添費を要した(合計九五万四三〇〇円)。

(四) 膝装具(サポーター)代金

原告は、西浦矯正器製作所から膝装具を購入しその代金一万〇七〇〇円を支払つた。

(五) 通院交通費

原告は、前記通院・検査等のための交通費(タクシー代金)として一万七一九〇円を支出した。

(六) 休業損害

原告は、本件事故当時四四歳の専業主婦であつたところ、本件事故の日である昭和五八年四月七日から前記治療を終えた同年一二月二〇日までの約八か月間にわたり全く家事労働に従事することができなかつたものであるから、その間、原告の家事労働能力は、統計上の女子労働者の平均給与月額一八万二五〇〇円に八を乗じた一四六万円相当が失われたものというべきである。

(七) 逸失利益

原告が本件事故によつて受けた傷害は、結局完治せず、左下肢全麻痺及び坐骨神経痛の後遺障害を残したまま(原告はこの後遺障害のため松葉杖を用いないで単独で起立歩行することが不能の状態にある。)昭和五八年一二月一五日ころその症状が固定するにいたつたところ、右後遺障害は、自賠法施行令二条別表後遺障害等級表(以下、「自賠責等級表」という。)に定める第五級七号(「一下肢の用を全廃したもの」)に該当するものであるから、原告は、右症状固定時(当時原告は満四四歳)より就労可能な六七歳までの二三年間にわたつてその労働能力を七九パーセント喪失したことになる。

ところで、原告が統計上の女子労働者の平均給与月額一八万二五〇〇円の収入を得ることができたものであることは前記のとおりであるから、原告が失うことになる収入総額からホフマン式計算法によつて年五分の割合による中間利息を控除して右逸失利益の右症状固定時の現価を算出すれば、二六〇二万九三五四円となる。

182,500×12×0.79×15.045=26,029,354(円)

(八) 慰藉料

原告は、本件事故に基く受傷及び後遺障害によつて、用便にすら不自由を来たす状態となつたばかりでなく、夫婦間の正常な性生活を営むこともできなくなつたものであつて、これによつて原告の被つた肉体的、精神的苦痛は甚大であるから、それを慰藉するに足りる慰藉料の額としては一三二七万六〇〇〇円が相当である。

(九) 弁護士費用

原告は、本訴の提起及び遂行を原告訴訟代理人に委任し、その費用及び報酬として三〇〇万円を支払うことを約した。

以上合計四六五〇万〇一六〇円

4  損害の填補

原告は、被告から、治療費の内払として一三七万一五八〇円の、付添看護費の内払として二四万七三〇〇円の各支払を受けたほか、自動車損害賠償責任保険から本件事故につき一一七九万円の保険金の支払を受けた。

よつて、原告は、自賠法三条または民法七〇九条に基き、被告に対し、前記3の損害合計額四六五〇万〇一六〇円から同4の既払額一三四〇万八八八〇円を控除した残額三三〇九万一二八〇円の損害賠償金及びうち三〇〇九万一二八〇円に対する本件事故の日である昭和五八年四月七日から完済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1の事実中原告の受傷の点は否認し、その余の事実は認める。本件事故は、加害車両がきわめて低速度で発進した直後に生じた接触事故にすぎないから、そのような大怪我になるはずがない。

2  同2のうち、被告が本件事故当時加害車両を所有していたとの点は認めるが、被告が注意義務を怠つたとの点は否認する。

3(一)  同3の(一)の事実中、桂寿病院の治療費、大阪市立十三市民病院の検査料、大阪市立大学附属病院の第一回目の検査料、松本病院の検査料の合計額が一三七万一五八〇円であることは認めるが、その余の治療経過及びそれに要した費用の点は否認する。

(二)  同8の(二)の事実は否認する。

(三)  同3の(三)の事実中、原告が桂寿病院での入院の当初三〇日間職業付添婦の付添を受け、このために二四万七三〇〇円を要した事実は認めるが、付添看護を受ける必要性があつたこと及び近親者の付添看護を受けたことはいずれも否認する。

(四)  同3の(四)、(五)、(六)の各事実は否認する。

(五)  同3の(七)の事実は否認する。本件事故は、前記のとおり、加害車両が低速度で発進してわずか一メートル余り進行した時に起こつたきわめて軽微なものであつて、これによつて原告が受けた傷害も軽微なものにすぎなかつたのであるから、常識から考えても、原告主張のような重度の後遺障害が生じるはずはないのである。のみならず、専門医によつても、原告の受けたという傷害からその主張のごとき後遺障害が生ずるにいたる機序を明らかにすることができないのであり、しかも、原告主張の後遺障害たるや、結局のところ、大部分が原告の愁訴・自覚症状の域を出ないものであつて、医学的に説明可能な他覚的所見は殆ど存在しないのである。

なお、原告になんらかの後遺障害があるとしても、それは機能訓練によつて回復するはずのものであつて、いつまでも左下肢麻痺の状態が続くことはないのであるから、六七歳までの二三年間にもわたつて労働能力が喪失するということはありえない。

(六)  同3の(八)、(九)の各事実は否認する。

4  同4の事実は認める。

三  抗弁

1  弁済

被告は、原告が自認する治療費、付添看護費名目での既払金のほかに、原告に対し本件損害の賠償として二〇万円を支払つた。

2  過失相殺

本件事故の発生については、原告にも次のような過失があるから、損害額の算定に際しては、原告の右過失を斟酌して相当額これを減額すべきである。すなわち、原告は、府道大阪伊丹線の北側歩道上を東から西に向かつて進行した後、本件交差点にさしかかつた際、前方南北道路上、交差点の北詰に加害車両が停止し、右府道大阪伊丹線に進入すべく府道上の通行車両の様子を窺つていることを認めたのであるから、加害車両の動静を十分に注視し、その動静に応じてこれとの衝突を回避するような態勢をとりつつ進行すべきであつたのに、加害車両が自車の通過をまつてから発進するものと軽信し、被告及び加害車両の動静に全く注意を払うことなく漫然と加害車両の直前を通過しようとしたため本件事故が発生するにいたつたものである。しかも、本件事故当時は、夜間で降雨という見通しの悪い状況であつたのに、原告は無灯火のまま二輪自転車を運転していたもので、このため被告も原告運転の二輪自転車の存在に気付くのが遅れ、ひいては、それが本件事故の発生にもつながつたのであるから、この点も原告の落度として損害額算定の際に斟酌されるべきである。

四  抗弁に対する認否

1  抗弁1の事実は認める。

2  同2の事実は否認する。本件事故現場においては、原告の通行していた東西道路の幅員は加害車両の一時停止していた南北道路の幅員よりも明らかに広いものであり、原告の方が優先関係にある道路を通行していたのであるから、加害車両が原告車を先に通過させるものと原告が考えたのは当然のことであり、その点において原告になんらの過失もない。また、現場付近は照明灯の設備があり新聞が読める程度に明るかつたのであるから、原告車が無灯火であつたからといつて、そのことと本件事故の発生とはなんら関係がない。

第三証拠

本件記録中の書証目録及び証人等目録記載のとおりであるからこれを引用する。

理由

第一被告の責任

請求原因1の事実のうち原告受傷の点を除くその余の事実、同2の(一)のうち加害車両が本件事故当時被告の所有であつたことはいずれも当事者間に争いがないところ、証人吉田研二郎の証言によつて真正に成立したものと認められる甲第四、第五号証、成立に争いのない乙第一号証の七、証人吉田研二郎の証言及び鑑定人大石昇平の鑑定の結果によれば、本件事故の際、自転車もろとも路上に転倒した原告が、左肩・胸打撲、左下肢挫傷及び軽度の神経麻痺、腰部・頸部捻挫の傷害を受けたことが認められ、この認定を動かすに足りる証拠はない。この点につき被告は、本件事故の態様に照らして、原告がそのような傷害を受けるはずがないというけれども、証人大石昇平の証言によれば、右のごとき態様の事故であつても、自転車運転者の転倒の仕方いかんによつては、そのような傷害が生じる可能性があることが認められるので、本件事故の態様の点からの右の認定が左右されるものではないというべきである。

そうすると、被告は、自賠法三条により本件事故によつて原告に生じた後記認定の損害を賠償する責任を負うものといわなければならない。

なお、原告は、本件事故によつて左坐骨神経損傷、胸髄レベルでの脊髄損傷の傷害も受けたと主張するが、これを認めるに足りる証拠がないことは後記説示のとおりである。

第二損害

一  治療関係費

成立に争いのない乙第二号証の二、第三号証の一及び二、証人吉田研二郎の証言、原告本人尋問の結果並びに弁論の全趣旨によれば、原告は、請求原因3の(一)の(1)ないし(8)のとおり前記受傷につき治療、診療、検査を受けたことが認められるところ、桂寿病院の治療費、大阪市立十三市民病院の検査料、大阪市立大学附属病院の第一回目の検査料、松本病院の検査料の合計額が一三七万一五八〇円であることについては当事者間に争いがなく、また、原告本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によつて真正に成立したものと認められる甲第一四ないし第二〇号証、第三四ないし第三八号証、成立に争いのない甲第二一ないし二四号証によれば、右認定の治療等につき、このほかさらに、一三万〇三三六円の治療費、検査料を原告において支出したことが認められる。

ところで、前掲の乙第二号証の二、第三号証の一、二、証人吉田研二郎の証言及び原告本人尋問の結果によれば、原告は、昭和五八年九月二八日、症状が改善されず治療効果も上らない状態になつたため桂寿病院を退院したが、その際、主治医の吉田研二郎医師から、積極的に歩行するなどして左下肢を運動させる機能回復訓練に励むよう指導されたのにこれを実行せず、その後約一か月を経た同年一〇月二五日、特に症状が悪化するなどの変化が生じたわけでもないのに医療法人協和会協立温泉病院に再度入院したが、二か月足らずの同病院での入院期間中合計二五回も外泊したことが認められるのであつて、これらの事実からすれば、はたして原告が右協立温泉病院に入院して治療を受ける必要があつたものかきわめて疑わしいといわざるをえないから、同病院での治療に要した費用のうち入院料(その金額が六万四〇三五円であることは前掲甲第一四ないし一九号証によりこれを認めることができる。)については、これを本件事故と相当因果関係に立つ損害と認めることはできないというべきである。さらに、原告の前記受傷による症状が昭和五八年一二月一五日ころ固定し、治療を継続しても症状に変化が生じない状態となつたことは後記認定のとおりであるから、右協立温泉病院の治療に要した費用のうち右症状固定の時より後に生じた分(その金額が五〇六七円であることは前掲甲第三五ないし第三八号証によつてこれを認めることができる。)は、結局治療のために有用かつ必要なものであつたとはいい難く、したがつて、これもまた本件事故と相当因果関係に立つ損害と認めることはできない。

そうすると、原告が前記受傷の治療のために要した費用のうち、本件事故と相当因果関係に立つ損害として被告にその賠償を求めうる金額は一四二万六三六四円である。

二  入院雑費

原告が昭和五八年四月八日から同年九月二八日までの一七四日間桂寿病院において入院治療を受けたことは前記のとおりであるところ、経験則上、原告は、右入院期間中、一日当たり一〇〇〇円の割合による雑費を要したものと推認することができる。なお、前記協立温泉病院での入院治療の必要性が疑わしいことは前記説示のとおりであるから、その間の入院雑費を本件事故と相当因果関係に立つ損害と認めることができないことはいうまでもない。

三  付添看護費

原告本人尋問の結果及び弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる甲第五、第一一号証によれば、原告は、前記桂寿病院に入院中、付添看護を必要とする状態にあつたことが認められるところ、右入院の当初三〇日間は職業付添婦が付き添い、その費用が二四万七三〇〇円であつたことは当事者間に争いがないが、残余の期間については、職業付添婦はもちろん、近親者が付添看護をしたこともこれを認めるに足りる証拠がない。原告本人尋問の結果中には、右の期間中職業付添婦に付添を依頼しその代金を支払つたかのごとき供述があるが、その裏付もないので、にわかにこれを措信することはできない。

なお、前記協立温泉病院の入院期間中の付添看護費を損害として認定する余地がないことは多言を要しない。

四  装具代

前掲乙第二号証の一、二、原告本人尋問の結果により真正に成立したものと認められる甲第三三号証によれば、原告は、桂寿病院に入院中、膝関節を固定するためにサポーターの装着を必要とし、その購入代金として一万〇七〇〇円を支払つたことが認められる。

五  通院交通費

原告本人尋問の結果により真正に成立したものと認められる甲第二五ないし第三二号証によれば、原告は、前記検査のための通院等に際しタクシーを利用し、その代金として一万七一九〇円を支払つたことが認められる。

六  休業損害

原告の前記受傷の症状が昭和五八年一二月一五日ころ固定したことは後記認定のとおりであるところ、前掲乙第二号証の一、二、第三号証の一、二、証人吉田研二郎の証言及び原告本人尋問の結果によれば、原告は、昭和一四年二月二八日生まれの本件事故当時四四歳の専業主婦で、前記受傷の治療のため本件事故の日から右症状固定の日まで八か月間にわたり全く家事労働に従事することができなかつたことが認められるとともに、そのようにして八か月間にわたつて失われた原告の家事労働能力の評価額は、昭和五八年度賃金センサス第一巻第一表産業計・企業規模計・学歴計・四〇ないし四四歳女子労働者の平均給与額(その年額は二一八万四七〇〇円)を下らないものと推認するのが相当であるから、原告が右のとおり家事労働に従事できなかつたことにより喪失した利益の額は、一四五万六四六六円となる。

2,184,700×8/12=1,456,466(円)

七  逸失利益

1  原告の後遺障害の有無と本件事故との因果関係

原告が本件事故の際、自転車もろとも路上に転倒し、左肩・胸打撲、左下肢損傷及び軽度の神経麻痺、腰部・頸部捻挫の傷害を受けたことは前記認定のとおりであるところ、前掲乙第一号証の七、第二号証の一、第三号証の一、証人吉田研二郎、同大石昇平の各証言及び鑑定人大石昇平の鑑定の結果によれば、次の事実を認めることができる。

(一) 原告は、前記受傷の治療のため桂寿病院に入院した際、担当医師から向後一〇日程度の入院加療を要するとの診断を受けたが、当初から腰部、股関節部、膝関節部等左下肢全体の疼痛や知覚障害を訴え続け、右一〇日の期間を過ぎてもこれが軽快せず、そのため引き続き入院加療を継続することとなつた。

(二) やがて、右疼痛に起因する運動不足のため左下肢全体に筋萎縮の症状があらわれ、表在知覚の鈍麻が生ずるようにもなつたが、諸般の検査によるも原告の右愁訴の直接の原因となるような神経系統の損傷は見当らず、疼痛・知覚鈍麻が何によつて発症するかを明らかにすることができなかつたため、薬物の投与や患部に低周波を加える等の保存的治療を続けるよりほかなく、結局、右のような症状はほとんど軽快しないまま、昭和五八年一二月一五日ころその症状(左下肢不全麻痺及び坐骨神経痛)が固定するにいたつた。

以上の認定事実によれば、原告に左下肢不全麻痺及び坐骨神経痛の症状が残存していることはこれを否定することができないところであるが、そのような症状をもたらす直接の原因が明らかでなく、その発症の機序を明確にすることができない以上、これが本件事故による受傷に起因するものということもできないかのごとくである。しかし、原告本人尋問の結果及び証人大石昇平の証言によれば、原告には、右のような症状をもたらす素因が本件事故発生前から存在していたような事実はなく、右症状はすべて、本件事故後に、しかもその当初から一貫してあらわれていたものであることが認められるのであつて、この点からすれば、その発症の機序が明確とはいえないものの、右症状は本件事故に起因するものと推認するのが相当といわなければならない。

2  後遺障害の程度

前掲各証拠によれば、原告は、右後遺障害のため、松葉杖なしで独力で歩行することが困難な状態にあるほか、腹臥位になることや性行為をすることが困難であるなど日常生活・夫婦生活に支障をきたしているが、左下肢の筋力自体は残存しており、各関節にも特段の運動障害は存在しないのであつて、前記左下肢の機能障害は主として疼痛に起因するものであることが認められる。そうすると、原告の右後遺障害は、「神経系統の機能に障害を残し、軽易な労務以外の労務に服することができないもの」に準ずるもので、自賠責等級表に定める第七級四号に該当するものに相当するというべきである。

この点につき原告は、右後遺障害は自賠責等級表に定める第五級第七号(「一下肢の用を全廃したもの」)に該当する旨主張するけれども、右認定の事実を前提とする限り、原告の後遺障害が「一下肢の用を全廃したもの」に該当すると認めることは困難であるから、原告の右主張は採用することができない。

3  原告の逸失利益

右認定の後遺障害の程度に照らせば、原告はこれにより、その労働能力の五六パーセントを喪失したものというべきである。もつとも、原告の左下肢の各関節に特段の運動障害がなく、その筋力も残存していることは前記のとおりであり、しかも、証人吉田研二郎、同大石昇平の各証言及び鑑定人大石昇平の鑑定の結果によれば、原告の右後遺障害は神経系統の損傷に起因するものではなくて、もつぱら疼痛に起因するものであり、その疼痛に耐え、あるいは慣れつつ自発的かつ積極的に患部を運動させる訓練を重ねることによりある程度回復が可能であることが窺われるのであつて、右のような事情に照らせば、原告の右労働能力の喪失状態も、いつまでも現在の程度のまま変わらないわけではなく、いずれは漸次回復の方向に向うものと推認するのが相当というべきである。

したがつて、原告の右後遺障害による労働能力喪失の割合も、右症状固定時(当時原告が四四歳であることは前記のとおり)から五二歳までの八年間は五六パーセント、五二歳から六〇歳までの八年間は三五パーセント、六〇歳から就労可能な六七歳までの七年間は二〇パーセントと逓減するものと認定するのが相当である。

そこで、以上の数値に基づき、原告が失うことになる利益の総額からホフマン式計算法によつて年五分の割合による中間利息を控除して右逸失利益の症状固定時の現価を算出すると、一三三七万七〇七三円となる。

2,184,700×0.56×6.5886=8,060,704(円)……(A)

2,184,700×0.35×(11.5363-6.5886)=3,783,234(円)……(B)

2,184,700×0.2×(15.0451-11.5363)=1,533,135(円)……(C)

(A)+(B)+(C)=13,377,073(円)

八  慰藉料

原告の前記入通院状況、後遺障害の程度その他本件において認められる諸般の事情に照らせば、本件事故によつて原告が被つた精神的、肉体的苦痛を慰藉するに足りる慰藉料の額は、八七二万円と認めるのが相当である。

九  弁護士費用

弁論の全趣旨によれば、原告が、本訴の提起及び追行を弁護士である原告訴訟代理人に委任し、その費用及び報酬の支払を約したことが認められるところ、本件事案の内容、審理経過、認容額等の諸事情に照らすと、本件事故と相当因果関係に立つ損害として賠償を求め得る弁護士費用の額は、六〇万円と認めるのが相当である。

第三過失相殺

成立に争いのない乙第一号証の四、六および原告本人尋問の結果によれば、原告は、夜間、前照灯のない二輪自転車に乗つて府道大阪伊丹線の本件事故現場付近の北側歩道上を東から西に向つて進行していた際、加害車両が自車前方進路と交差する狭隘な南北道路から片側二車線の幹線道路である右府道大阪伊丹線に進入しようとして、右南北道路入口付近で南向に一旦停止しているのを発見したことが認められるところ、このような場合、原告としては、自車に前照灯がないため加害車両の運転者(被告)が自己の存在に気付かない虞れもあるところから、右運転者の動静を十分に注視し、運転者の挙動や視線などから、右運転者において原告車を通過させてから加害車両を発進させるつもりであることを確認した上で加害車両の前方を通過すべきであつたのにかかわらず、右乙第一号証の六及び原告本人尋問の結果によれば、原告は、加害車両の運転者の動静に全く注意を払わないまま、同運転者が自車を先に通過させた後に発進するものと軽信し、漫然と加害車両の直前を通過しようとしたため、本件事故が発生するにいたつたものであることが認められる。

このように、本件事故が発生するについては、原告にも右のような過失があるので、損害額の算定に際しては、原告の右過失をも斟酌すべきであつて、前記第二の一ないし八の合計損害額から二割を減じた額をもつて被告の賠償すべき損害の額とするのが相当である。

第四損害の填補

請求原因4及び抗弁1の各事実はいずれも当事者間に争いがない。

第五結論

以上の次第で、原告の本訴請求は、前記第二の一ないし八の損害合計額二五四二万九〇九三円から二割を減じたうえ、前記第四の既払合計額一三六〇万八八八〇円を控除し、これに前記第二の九の弁護士費用を加えた七三三万四三九四円の損害賠償金及びこれにたいする不法行為の日である昭和五八年四月七日から完済まで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度で理由があるからこれを認容し、その余の請求は失当として棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条を、仮執行宣言につき同法一九六条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 藤原弘道 山下満 橋詰均)

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